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 今、ムーエナジーに思うこと


無有日記が更新されなくなり、
これまでのムーセンテンスを読んでいます。
今まで気付かなかった新しいセンテンスに出会い、
懐かしい昔の友人にめぐりあった感じがします。(2020/8/28)


埋蔵文化センターの方に「連繋の意思」の冊子を差し上げて、
縄文時代が、最近保育園の子や、小学校でも注目されて、
保育園にも教えに行っているのですよと
嬉しそうにお話になっていました。
縄文の人たちの笑顔が見える気がしました。(2015/12/30)


縄文時代について無有日記で触れられてから
縄文時代の人々を身近に感じるようになりました。
縄文時代の土器や土偶、アクセサリー(勾玉)、洋服を目にし、
竪穴住居の中で、囲炉裏の火を囲んでいると、
いつかの日に、こうやってみんなと火を囲んでいたような気持ちになります。

土器や土製品を見ていると、蛇が登場します。
ふちが蛇であるもの、鳥の背中に蛇がのっているものもあります。
土偶を見ると、それらはすべて女性を表し、
女性の目、顔、身体などで、
赤ちゃんを抱っこしている女性の身体もあり、それらはたくましさもあり、素朴であたたかいです。

縄文の楽器を耳にします。
土の音がカタカタカタと響き、やわらかい風が流れるようです。
自分たちの作った楽器が、遠い未来の私たちにも届くように、
奏でてくれていたのかなと思います。(2015/11/19)


ムーさんのワークの中で、歴史で戦いについて教える時に
多くの人々の死がそこにはあること、また歴史はどのような人々が編纂するかによって
後世の認識が変わって
くるというお話がありました。
以前、ドイツに行った時に、ミュンヘン郊外にあるダッハウ強制収容所に行きました。
ここは政治家、高官、思想家が特に収容され、今も当時の建物がそのまま残っています。
人々が朝に並んだ広場、収容された木造りの建物、そしてガス室がその時のままです。

ダッハウ強制収容所は誰もが無料で入れて、市内から直通のバスがあり、
世界中の人が収容所のあちこちで説明を聞いたり、議論をしたり、
ドイツの子どもたちも社会科見学で行っていました。
歴史をどのように伝えていくかは、社会の大きな責任だと感じます。(2015/7/5)
        

東日本大震災のとき、石巻に最初は長靴をはき、果物・全粒粉パンを届け、
次からは流木を拾ったり、避難所生活のお母さんたちの話を聞くようになりました。
やがて、暑い夏が過ぎ、皆さんが避難所を離れ、家ができたという連絡を受けて
行ったところ、IHのある電気の家でした。
どうして、津波の後の原発に涙を流したのに、という
気持ちがありました。
日本にいる知り合いのドイツ人は、なぜ日本は東日本大震災があったのに、原発をやめないの?、
ドイツはこのことを契機に、すでに将来に向けてその計画に入っているよと言います。
負の連鎖が続き、それがふくらんでいくのは何が原因なのだろう。

ムーさんが「再生」を出してくれて、何かが少しずつ分かってきたように思い、
そのことを知ったことで、どこかが楽になったように感じます。(2015/4/29)



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